歴史:郷中での山坂達者

この武事的鍛錬は三州の気候風土に密接に関連していた。 もともと三州(薩州、隅州、日州)の土地は湿度も高く温度も激しく、ことに夏の熱暑はもっとも辛く厳しく人の心に惰気を起こさせ、怠けがちにさせてしまう。 これを自然のまま放置しておくと士気は衰えるばかりでこの藩国が防衛上の主義とする人城主義を実現することは到底望めない。ここにおいてこの藩国では、士気を鼓舞し振励するため、特に強力な鍛錬を絶対に必要としていた。「夏は日向で、冬は木陰で」という標語は、郷中の鍛錬の猛烈さを明らかに表現している。またこの土地には山岳が極めて多く、かつ大部分は極めて険しいものであった。この険しい山々を猛暑酷熱を犯して踏破登攀し、これに述する間に、不撓不屈の薩摩精神を鍛錬したのである。以下 郷中にて行われていた鍛錬遊戯、行事をあげる。

 

 ●鍛錬遊戯(主に稚児達が日課とした)

 

一、常時的なもの

(イ) 一般的遊び・・・山遊び、川遊び、魚釣り

(ロ) 技術的遊び・・・走り比べ、飛び比べ、綱飛び、溝飛び、棹飛び、相撲、撃剣、尻つなぎ

(ハ) 軍事的遊び・・・馬追い遊び、猪追い遊び、軍の真似、大将取り、降参言わせ、旗取り

 

二、季節的なもの

正月・・・念打、破魔投げ、橙打合、鬼引、ギッチョ打、凧上げ

七月・・・柱持ち

夏 ・・・水泳

十五夜・・・綱引き

冬・・・宝取り

 

 ●鍛錬行事(二才達が機会があるごとに行なう)

 

山野跋渉・・・

当時の戦争においては、軍隊の進撃にも退却にも兵士の健脚は絶対に必要であるが故に、平生から諸士の子弟にこの修練を奨励したのである。武士は武芸を嗜むべきことを説く者は多いが、武士は「山坂海川を達者に馳せ、足の腹は牛皮の如く」あるべきを訓える者は余り聞かない。山野跋渉による頑強耐忍の士風の鍛錬法は、実に薩摩藩独特の伝統的方法というべきである。

 

 馬追い・・・ 

幕末の頃には「馬追い」は四月の年中行事として行われ、諸士に交わって二才たちがこれに参加するようになった。城下の二才達は各家から馬を借りて、馬追いを行なう30名程の役人達を応援した。この時、士族の馬という馬は全部借り上げられ、総勢二、三百騎以上に勢ぞろいしてまことに壮観であったという。

 

 棒切り・・・

この遊びは10月頃に行なう。剣術に用いる棒(木刀)を切りに行く行事である。山は皆藩庁の山であるが、武術の奨励上この木刀切りは自由に許されていたのである。前日に一箇所に集まり宿泊し早朝握り飯を下げて出発する。棒は柞の木で何本でも自分で担げるだけのものを束ねて持って帰る。稚児連中が一人の二才に引き連れられ途中まで出迎え、担ぎ方の加勢をしてくれる。翌日、稚児達は棒をもらいに二才の許へ行く。二才達は自分が必要とするところの一、二本を残し、他はことごとく稚児達に分配する。

                                 

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